熊本にゆかりのある書き手たちの文章を束ね、「職人の自主的な共同組織」を意味する”アルテリ”をタイトルに冠した文芸誌の十六号。今号は、2022年に逝去した創刊の発起人でもある渡辺京二氏の追悼特集号であり「アルテリ」にとっても特別な号となりました。冒頭には氏が愛用した仕事机の写真が静かに掲載され、続けて関係者17名による追悼文が連なります。それぞれの胸にあるそれぞれの渡辺京二像。叱られた人、畏れた人、懐かしむ人、影響を受けた人、感謝する人…。本誌発行人の田尻久子さんが語る書店員の枠を超えて触れた渡辺氏の姿や、思想や文筆の世界での多彩なエピソードを述懐する書き手の人々の記憶の鮮やかさ。特に、娘・山田梨佐さんの語る思い出は父と子だけに流れた無二の時間を追憶して素晴らしく、渡辺氏の人間性が豊かに伝わります。「いまだに、扉を開け「はい、こんにちは」とおっしゃりながら、渡辺さんが店に入ってくるような気がする。」と綴る田尻さん。熊本の地で根を張ったその姿が読者にも深く伝わる得難い構成と内容。そして氏を悼むとともに、この雑誌の幸せな誕生と足跡についてもしみじみと感じ入る号です。巻末には石牟礼道子氏の「花を奉るの辞」を収録。各執筆者のページに手向けるかのように描かれた花の姿もやさしく、優美なブックデザインもやはり魅力です。装画には平松麻さん。

執筆者一覧：山田梨佐、町田康、池澤夏樹、伊藤比呂美、石牟礼道子、平松洋子、石牟礼道生、米本浩二、松下純一郎、磯あけみ、坂口恭平、高山文彦、大津円、西泰志、田尻久子、平田洋介、浪床敬子、阿南満昭