「1978年4月8日 池袋南水にて深尾須磨子忌、終わって新川、堀塚、武田さんとコーヒー」
「1991年10月26日 夕方八重洲ブックセンターへゆき杉山平一詩集と自分の焔に手をかざして購入、大丸で食品買って夕スギ中延へゆく、10スギキタク」
1920年(大正9年)に生まれ、戦争をはさんで定年まで銀行員として働くかたわら詩を書き続けた詩人・石垣りん。彼女はその暮らしを勤め先の銀行が発行する小さな手帳に記し続けていました。本書は、そのうち1957年から1998年までの日記の抜粋を、手帳のページそのままを写し取り一冊の本にまとめたものとなります。鉛筆書きで1日分のスペースごとにびっしりと綴られたその記録は、詩人、生活人としての両方の顔を併せ持つ。締切に迫られながら徹夜し、知人の訃報に接し思いをめぐらし、買い物に出かけ、時に体調も崩し、天候を気に掛ける…。断片からよみとれる詩人同士の交流は非常に興味深く、生活の詩人として記憶に刻まれた彼女の詩作の背景にも触れることのできる本書は、資料としての価値の高さを実感させられます。と同時に、手帳に残された筆跡の隅々からは、独居で生きる一人の女性としての暮らしの断片が垣間見られ、矜持とともに我々と同じような悩みもきっとあっただろうと思いを馳せたくなる。小さいながらも独特の存在感を放つ、特異な日記文学とも言える本書。読みにくい箇所やかすれた文字などもそのままに、隅々まで目を凝らせば、詩人の魂の焔がぽうっと浮かび上がるように思えてきます。遺された手帳そのものや文具類を写したグラビアページも美しく、判型も含めたデザインも粋な本書は、東京の小さな版元・katsura booksからの刊行です。
編集:織田桂
発行:katsura books
サイズ:105mm x 150mm
その他:424p / 文庫サイズ上製本