- 酒造業者は、戦時下では不急不要の産業に従事する者と認定されていたから、国家総動員法の適用該当者であった。従って、法に基づき国家の命ずる軍需産業に転職して、国家の非常時に専心ご奉公せよ、という趣旨であった。
(本文より)
柿の木、枇杷の木、かりんの木。金柑、あんず、ゆすらうめ。南天、あじさい、夾竹桃。椿につつじ、金木犀。
実家の裏にある畑と雑木林、そこにはかつて祖父母が花や野菜を育てていた実り豊かな景色があり、ずっとそこにあると思っていた光景も今では方々の家族が協力して管理にやっとの状態。少しずつ家の整理が始まった頃、蔵の中に積み上げられたノートのなかに祖父の遺した日記帳が見つかります。古いアルバムに残った酒屋としての日々、墨で黒々と記された「一銭を嗤うな」という家訓。祖父母の生きた時代に思いを馳せながらノートをめくると、そこには戦争の痕跡が…。
文化人類学者・石井美保さんが自身の家族史を紐解きながら、その足跡を訪ね紡ぐ等身大の戦争、家族の生きた記録。静かに穏健なまなざしで綴られた1冊です。
(原口)
石井 美保(いしい・みほ)
文化人類学者。これまでタンザニア、ガーナ、インドで精霊祭祀や環境運動についての調査を行ってきた。2020年の夏、アジア・太平洋戦争で戦死した大叔父の遺した手紙を手にしたことから、戦争と家族史について調べ始める。主な著書に『環世界の人類学』(京都大学学術出版会)、『めぐりながれるものの人類学』、『たまふりの人類学』(ともに青土社)、『遠い声をさがして』(岩波書店)などがある。現在、京都大学人文科学研究所教授。このエッセイの挿画を描いている銅版画家のイシイアツコとは実の姉妹。
HP:石井美保研究室:https://www.mihoishiianthropology.com/
イシイ アツコ
銅版画家。フランス・ヴァンセンヌ市在住。1995年に渡仏、銅版画を始める。以降モントルイユ市、パリ20区、ヴァンセンヌ市などで銅版画制作を行う。1996年より、フランス、日本、メキシコ、香港、スウェーデン、ベルギー、アメリカなどでグループ展、1999年より、フランス、日本、ドイツ、オランダ、ベルギー、ニューカレドニア、台湾などで個展を開催する。フランス女性誌「BIBA」のイラストレーション、j'ai lu出版、l’ecole de loisir出版の文庫本カバー、ブランドisabel marantのTシャツイメージ、百貨店bon marche のグッズなど、コラボレーションも多数。