詩のように繊細に運ばれ、万人の記憶が眠る彼方から来るように懐かしく、静かな独りへと誘う絵。
本作の著者、川上陽介さんは、絵画の専門教育を受けることなく、大人になってから箱庭づくりに夢中になり、やがて絵を描きはじめたといいます。静かな色調の背景のなかに描き出されるのは、蝶と少女、夏の少年、部屋のなかの女性、ぽつんと佇む家や街。外の世界へのステイトメントではなく、自らの裡に眠る言葉にならない曖昧なコトバや風景に向きあい掬い上げ生まれくる作品は、人が絵を描くという行為のシンプルな姿勢をそのままに表現します。作家が自分のなかで大切に育んだ世界に感応するように思い返される、知ってはいたけれど忘れていたもの、聞こえてくるそれぞれの裡にもある「小さな人」の声。布張り箔押し製本、余白を大切にしたページ設計など、作品世界のトーンを丁寧に反映した造本や編集が施されています。出版は、作家の個展を行なってきた島根県松江市の本屋兼ギャラリー「DOOR books」より。(涌上)