ソナチネの曲をきっかけに、11歳の夏の日に体験した出来事を46年の時を経てゆっくりと追想する主人公「由々(ゆゆ)」。少女時代の苦い思い出、淡い初恋、その後に長く続く正体のない屈託。見えない膜にうっすらと覆われたようなもどかしさを抱える一人の女性の内面のひだをとらえ、しかしそんな中にも堅実な生活を送り自分自身の文化を築いてきたその暮らしをそっとねぎらう、そんな穏やかなあたたかさと優しさに包まれた物語。散りばめられた音楽や映画、文学のエピソードもそれらに独特の余韻を与えます。様々な偶然や必然が私をつくってゆく、自分の知らないストーリーが世界にはあふれている。少女の頃の痛みを癒す出来事によって、あの日の続きを輪を閉じるように終えるラストシーンも希望に満ちて美しい。静かなさわやかさを持つこの作品は、子どもに向けた話を多く書いてきた著者の、大人、しかも人生の半ば過ぎに差し掛かった女性に向けた贈り物です。誰しも経験するであろう心の旅を描いたひそやかな佳品。林美奈子さんによる隠喩的な装画コラージュも魅力です。
商品情報 |
著者 | 高楼方子 |
発行 | 理論社 |
サイズ | 135mm x 196mm |
その他 | 237P、ハードカバー |