かすかでひそやかで、そして大胆不敵。それを「胞子性」と呼ぶ、古本屋「蟲文庫」店主・田中美穂さんが胞子という切り口で集めた「胞子文学」アンソロジー。永瀬清子の詩「苔について」からはじまり、谷川俊太郎「交合」の羊歯、川上弘美「アレルギー」の赤い茸、内田百聞「大手饅頭」の黴…。
大きく侵食するかのように穴があけられた表紙をめくると、作品ごとに紙の種類、フォントや行体が全く異なり、例えば井伏鱒二の「幽閉」は、まるで山椒魚の皮膚を思わせるざらついた凹凸のある紙に印字がされている。胞子生物の多様さそのものを表現するかのようなブックデザインに魅せられて、(わざと)読みづらいページに目を凝らしながら、ルーペがほしいと思った頃には既に胞子の世界に取り込まれていることに気が付く。むしろ胞子たちの住処である湿度の高い静寂は読書そのものと少し似ているのかもしれないとまで思わせる密度の高さ。手間をかけてつくられた、手間のかかる読書体験を味わう一冊。